劇団 お伽座

劇団「お伽座」について

【お伽座の歴史】

2)さあ旗揚げ公演だ!

旗揚げ公演 表
旗揚げ公演 裏

劇団の名前は座長の提案で、お伽座に決まりました。殺伐とした現代だから、ファンタジー(お伽噺)を芝居にしたいという思いと、「伽」という言葉には、慰める楽しませるという意味があるからということでした。実は、伊豆の海の野生児であった座長が、お伽座なんて言い出したのには、一同びっくりでした。荒海座、アワビ座、素潜り座とかの方がお似合いだったからです。ですから、ちょっとかわいらしい、名前がくすぐったかったのですが、皆すぐに気に入りました。 ともかく、よい名前も決まり旗揚げの演目も宮澤賢治にしました。

宮澤賢治の童話を芝居にしようと決めてから、世の中には熱狂的賢治ファンが居るのだと知りました。中にはかなり狂信的に神格化して、他の解釈を受け入れない人々もいるのです。ですから、たいていの芝居になった賢治作品を見ると、まじめな清らかなイメージで作られていて、笑いの少ないはっきり言うと面白くないものが大半でした。へたにおもしろ可笑しく賢治を語ろうものなら(井上ひさしの作品等)賢治愛好家から総スカンをくらいかねません。
お伽座は幸か不幸か、なんのコネもありませんでしたから、評論家の先生や、賢治愛好家に気をつかう事なく芝居にすることができました。

今もそうですが、座長(関本三芳)の演出は、徹底した現場主義であり、お客様中心の芝居作りです。とにかく退屈をきらいます。ですから賢治だろうとエンデだろうと泉鏡花ですら、面白くなければならんのです。
ですから、旗揚げからの27年間打ってきた賢治の童話は、それまでの、わけわからん、面白くないというイメージから、かけ離れたものであったことはたしかです。
とくに、「セロ弾きのゴーシュ」は、とびきり元気のいいゴーシュが、ほとんど一人語りで話を進めて行くのですが、家にやってくる動物達との会話がおもしろずぎて、子供がひっくりかえって笑ったり、帰ってからも「ごーごーがーがー」がおおはやりだとの感想を戴きました。
今でこそ宮澤賢治の変人ぶりや、独特のユーモアのセンスなど広く知られてきましたが、当時はまだまだ誤解が多く(暗い、真面目、自己犠牲の権化等)お伽座の賢治はかなりユニークな解釈と言われ、一部のファンからは面白がられたり、賢治研究家からは無視されたりしてました。

当時の小劇団は、どこも貧乏でしたから、小道具衣装が手作りというのはあったかもしれませんが、大道具も音楽も仮面も外注なしで、しかも芝居小屋まで手作りというのは、かなり珍しく、応援して下さるお客様の輪も徐々に増えていきました。

「3)板橋の片隅から地方や学校へも」へ、つづく・・・

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